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東京地方裁判所 昭和50年(ソ)17号 決定 1975年10月30日

抗告人 日本相互住宅株式会社

相手方 天野陽太郎

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は、抗告人の負担とする。

理由

(本件抗告の趣旨及び理由)

相手方のなした移送の申し立ては、本件関係者がすべて広島県呉市の近辺に在住することを理由としている。しかしながら、抗告人と相手方は、本訴請求原因に掲げた請負契約を締結するにあたり、右契約に関する訴訟の管轄裁判所を原告の本店所在地の管轄裁判所(本件については、原審である渋谷簡易裁判所)と定める旨を書面により合意しているのである。のみならず、本件の争点は、請負代金が完済されたか否かという書証により立証すべき事項であるから、特に人証を取り調べる便を考慮して移送を決定するような事情にない。また、擬制陳述の余地が広い簡易裁判所においては、遠隔地に居住する相手方の負担を配慮して移送するような必要は乏しいというべきである。ところが、原審は、右のような事情を無視し、相手方の移送の申し立てをたやすく容れて本件を呉簡易裁判所に移送する旨決定した点で違法というべきである。

よつて、原決定を取り消したうえ、相手方のなした右移送の申し立てを却下する、との裁判を求める。

(当裁判所の判断)

たとえ管轄の合意がなされ、それが専属的な定めであるとしても、その合意管轄の裁判所が審理することにより著しい訴訟の遅滞を生ずると認められる場合には、裁判所としては、その公益上の必要に鑑み、右事件を決定の管轄裁判所に移送することができると解するのが相当である。

本件記録によれば、抗告人(原告)の本訴請求は、同人が相手方(被告)から請け負つた建築工事の請負代金二四八万三五六〇円のうち未払分一三万二〇〇〇円と遅延損害金の支払いを求めるものであること、相手方は、請負代金が二三五万一五六〇円であり、右金額は、抗告人の自認する既払分の合計と一致する旨の答弁書を提出していること、しかして、抗告人、相手方双方の提出する工事請負契約書の請負金額欄には、相手方主張の額が一旦記載された後、抹消されて抗告人主張の額が記載されていること、一方、右契約書の請負金支払い方法欄中の代金合計額及び相手方提出の仕様見積書(右契約書と同日作成)の総工費欄には、相手方主張の額が記載されていること、そして、右請負契約の締結は、抗告人の呉支店が担当していること、以上の事実が明らかである。

これらの事実から本件移送の当否を検討するに、本件において主たる争点となることが予想される請負代金額につき受訴裁判所が充分な心証を採るためには、書証として提出が予想される前記各書類を取り調べるほか、右契約締結の衝に当つた者の供述を得ることが必要であるというべきところ、相手方が右争点に関し、現に広島県呉市又はその近辺に居住し当時右契約の衝に当つた者少くとも二名を証人として申請する予定であることは、本件記録より明らかである。そして、右事情の下でなお本件を原審において審理するならば、遠隔地に居住する人証の取り調べの円滑な進行に支障を来たす結果、本件の審理を著しく遅延せしめる慮を招くことになるし、広島県呉市又はその附近に居住する右人証の取り調べを嘱託尋問により実施する余地を考慮しても、受訴裁判所(原審)による機動的な証拠決定及び心証形成に支障をもたらす慮の生ずることが予想される。これに対し、本件を相手方の住所地を管轄する呉簡易裁判所に移送するならば、右争点の採証に対する機動的な即応が期待できる結果、訴訟の迅速な進行及び処理に資することができ、また前示のとおり広島県呉市には右契約締結に当つた抗告人の支店が存在している以上、抗告人に損害ないし不利益の生ずる余地も少ない。したがつて、本件を民事訴訟法第三一条により、呉簡易裁判所に移送することは、相当であるというべきである。他に右判断を左右するに足る資料はない。

よつて、原決定は、正当であつて、本件抗告は、その理由がないことに帰するから、同法第四一四条、第三八四条により、これを棄却すべく、抗告費用につき同法第九五条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 松野嘉貞 比嘉正幸 園部秀穂)

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